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『劇場版ポケットモンスター ココ』 感想

2021/01/07
アニメ・映画感想 0
映画 配布ポケモン ポケモン剣盾 アニメポケモン
『劇場版ポケットモンスター ココ』を見てきました!!
あけましておめでとうございます。2021年初の記事かつ2年ぶりのポケモン映画です。
今年は劇場にゲーム機を持ち込んでの配布ではなく、入場者特典についてくるシリアルコードで『父ちゃんザルード』を受け取ることができます。
映画が始まる前に以前なら「映画中はゲーム機をスリープさせてね」の忠告が流れてたのですが、今年はシリアルコードの使い方説明が流れる方式に。劇場で受け取るワクワク感が好きだったのでちょっと味気なく感じます

・レベル:Lv.70
・名前:ザルード
・性別:性別不明
・親:オコヤのもり
・IDNo.:201225
・ボール:プレシャスボール
・もちもの:こだわりスカーフ
・性格・個性:いじっぱり
・出会った場所:○年○月○日ポケモン映画20でLv.70のときに運命的な出会いをしたようだ。
・覚えている技:ジャングルヒール・アームハンマー・パワーウィップ・エナジーボール
・持っているリボン:ウイッシュリボン
前売り券で配布されたザルードとは異なり、紫色のスカーフを身につけています。覚える技や個体値は変わらないのですが、本来ならLv90で覚える「ジャングルヒール」をLv70の時点で覚えています。
サトシのピカチュウと同じ姿違いといった感じ。ただ今回の配布を逃すとサトピカ以上に再配布の機会がなさそう。
入場者特典には父ちゃんザルードのシリアル以外にもポケモンカードゲームとポケモンメザスタの限定カードも付いてきます。カードゲームでココがポケモン扱いなのが少し面白ポイント
入場者特典は先着300万名限定なので早めに見に行かないと無くなってしまう可能性があります。ただ量が多いしこのような時勢なので配布しきれるかも微妙な所…。

©2019 Pokémon. ©1995-2019 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.

映画の感想はネタバレありなので追記から。ストーリーのネタバレもあるため注意!

『劇場版ポケットモンスター ココ』の感想です。終盤のネタバレも含んでいるので注意。
今作は「みんなの物語」から一転してがっつりポケモンメインでストーリーが進行します。メインで登場する人間キャラはサトシとココだけというシンプルさ。
ただ、今回はメインポケモンであるザルードの扱いが少々特殊で、ココとザルードもしくはザルード同士が会話している時は演出上話している内容が人間の言葉で聞こえる仕様(実際にはポケモン語で話している設定)になっています。
そもそも、ザルード自体が粗野かつ荒々しいながらも群れを作り長老というリーダーを立て掟を作るなど統率が取れているポケモンで、個体数が少なく科学文明を持っていない以外は人間とそう変わらない存在として描かれています。そのためザルード達はヒト以外の人間と言える存在で、長老を初めとした父ちゃんザルード以外の個体もキャラが濃く登場人物として立っていました。
侵入者を徹底的に排除し大樹と治癒の泉を独り占めしつつ、他のポケモンの住処は荒らす…など、やっていることもどことなく人間みたいな彼ら。序盤では森の嫌われ者という立場で描かれており厳つい見た目も相まって印象はあまり良くありませんが、根っからの悪い奴かというとそうでもなくて他ポケモンと共存するべき理由に気づけていないだけです。
今までの映画に出てくる幻のポケモンは上位存在的な立ち位置(アルセウスなど)だったり、珍しすぎて生態がよく分からなかったり(ミュウなど)、人工ポケモン(ゲノセクトなど)だったりと謎が多い存在だらけで、ザルードみたいにはっきり生態が描かれつつ野生なのに人間くさい幻ポケモンは初で新鮮かも。ザルード達に近い立ち位置の幻はディアンシー(とメレシー)ぐらい?
そのザルードの中でも父ちゃんザルードと呼ばれる個体がポケモン側の主人公です。赤ん坊のココを拾ったことにより群れから出ていったのですが、育児姿は試行錯誤するシングル育パパそのもの。
種族柄粗暴な所はありますが、ココとの間にはしっかりとした親子愛もあり良いキャラクターでした。そんな父ちゃんザルードですが親がおらず群れで育ったという出で立ち。
少し考察になりますが、父ちゃんザルードはセレビィが未来から持ってきたタマゴから生まれた個体ではないかと考えています。父ちゃんザルードがいなかった未来ではココが生き残れず、でも遅かれ早かれ博士に大樹が見つかり森は破壊されてしまってそこに残されてたのが父ちゃんザルードが生まれるタマゴで過去を変えるためにセレビィが持っていったとか…妄想失礼いたしました。

次に人間側の主人公のココですが、最初はポケモン語を話しナックルウォークをする正に野生児といった出で立ちです。一方で人間の文化に馴染むスピードもかなり早いなど賢い一面も見られます。
父ちゃんザルードとの出会いは赤ん坊の時。明らか人工物であるケースの中に入れられた状態で川に流されたのを拾われた形で出会いました。
そんなココも「他のポケモンたちとは違う」という異種族の中で過ごす人間キャラにありがちな悩みを持ち、人間であることを隠していた父ちゃんザルードに激高するなど大人になりかけの子どもらしいキャラクター。
でも基本的にはお父さんっ子で父ちゃんザルードのことを大事にしています。森に住む他のポケモンも大事にしているのはザルードではなく産みの親譲りっぽいですが。
気絶したところをサトシに介抱される形で街に行くことになるのですが、見ず知らず人生初の街を戸惑いながら過ごすココは少し可愛かったです。
特にアイスを食べる所が好き。このアイスは前にコラボしていたサーティワンアイスクリームだと思われます。
個人的に終盤でココが父ちゃんザルードを助けるためにジャングルヒール的なものを使えた理由が気になります。今まで描かれてなかっただけで、人間も実はポケモンの一種でガチれば技が使える世界だったりするのかも?

サトシピカチュウはココにスポットライトが当たっていた今作では準主役といった立ち位置。でもココに人間としてポケモンと共存して生きていくきっかけを与える重要な役回りを担っていて、そもそもサトシがココを助けなければ街に行くこともなかったしで必要な存在でした。
地味にサトシの父親について言及されたのは今作が初だと思われます。少なくともサトシが物心着くまでは父親がいたことが明らかになりましたが、名前や姿などは明かされず…いつか出てくるのでしょうか。
サトシがいるならもちろんロケット団の3人組もいます。ビオトープ・カンパニーの研究成果を横取りしようと暗躍しつつも、結果的にサトシ達を助けたり・ゼッド博士の本性を暴いたりで今作においてもトリックスター的な存在として話を動かします。
何気にゼッド博士の部屋のロックをハッキングしたり、何故かバレない変装で研究員に紛れ込んでいたりと有能な彼ら。ラスボスのゼッド博士がえげつなさすぎて比較的マシに見えるというのもありますが、今回も憎めない悪役として活躍しています。

中盤まではほとんどココとザルード(+サトシとロケット団)の場面が大部分を占めるのですが、終盤になるとゼッド博士率いるビオトープ・カンパニーとの対立が始まります。
黒幕のゼッド博士なのですが、公開前情報や中盤までは徹底的にいい人そうに書かれているので見る前は悪役不在かと思ってました。…が両親の死因が交通事故だと話している時にヤバい奴フラグが立ってました。(交通)事故に見せかけるのは悪役の常套手段だし…。
ココの両親は元々ゼッド博士の上司でしたが森のポケモンを思って研究を中止、しかし研究を優先したゼッド博士によって…。ココが父ちゃんザルードに拾われるきっかけを作ったのもゼッド博士なので大体こいつのせいとも言えます。
ゼッド博士の本性は研究成果のためならポケモンや他の人はどうでもいいという思想のサイコパス。真の目的は大木に眠る巨大な生命エネルギーなのですが、協力を得られそうに無いからと言ってそれを隠して治癒の泉をデコイの研究対象とすることで他の研究員を利用するなどガチのクズ。
いい人に見える序盤の姿と終盤および研究中止時の狂乱っぷりの落差が酷く見ているこっちが怖くなるレベルでした。映画の悪役に中でも純粋な悪に近く、ゾロアークのコーダイやセレビィのヴィジャス、ラティ兄妹の怪盗姉妹に匹敵するレベルのヴィラン(どうしてセレビィが出てくる映画の悪役はガチクズばっかなんだ…)。
ただ、どうしてそこまで研究に固執するのはわからずじまいで、ただの私欲のためなのか・それとも他の理由があるのかわからないまま終わるのがモヤモヤ。まあ作中で描かれない動機なら大したものでないのでしょう。
他の研究員については森の破壊活動を行ったとはいえゼッド博士に完全に利用される形でしたし、ちゃんと森の修復活動に勤しんだりと被害者の立場。

最後に色違いセレビィについてなんですが…劇中では言い伝えに出てくるだけで最後の最後にちょっとだけ姿を見せるぐらいの登場でした。悪くいえば客寄せパンダとして前売り券につけたから登場させなきゃと思って登場させた感が否めないです。
一応、父ちゃんザルードの付けているスカーフにはセレビィの全国図鑑ナンバーである251とセレビィのイラストが描かれてはいますが…。大樹と治癒の泉にセレビィが関わっているとか、父ちゃんザルードのタマゴをセレビィが運んできたとか、何かしらの形で物語に絡んできてくれても良かったのに、少し残念です。

今作のテーマは「親子愛」と「自然に対する人間の傲り」の2つだと私は思いました
「親子愛」はココとザルード、ココと生みの親であるモリブデン夫婦によって大きく表現されていることからも間違いなくメインテーマに据えられています。
ココという存在自体がザルードとの種族を超えた親子愛によって成り立っていること、もしモリブデン夫婦がココを川に流さなかったか個体認証できるネックレスをつけさせていなかったらココは死んでいたか本当の両親もわからず過ごすことになっていたと思われます。サトシに関する描写についても、序盤と最後にサトシがハナコと話すシーンや父親について話すシーンなど親子関係に関わる小話が登場します。
こちらは大人になって1人で映画を見に来ている私でも最近親孝行してないな…とふと親の顔を思い出せるぐらい強く描かれたテーマです。ターゲット層である子どもとその親にはもっとグッと来る内容になっていると思います。
もう1つの「自然に対する人間の傲り」は序盤のザルード達の粗暴な暮らし、そして終盤のゼッド博士の悪行によって描写されています。
強いから他のポケモンの食べ物を荒らしてもいいし治癒の泉を独占してもいいと考えていたザルード達、研究成果のためならポケモンや森はどうでもいいと考えていたゼッド博士、この2つは非常に類似的な考え方の元で動いていたと言えます。他のポケモンとの共存の道を歩むことを自ら選んだザルード達、最後の最後まで自分のためだけに足掻き続けて逮捕され全てを失ったゼッド博士と結末は対照的ですが…。
でもよく考えると、現実世界の私たちも街や村や畑という縄張りを作って入ってきた野生動物を駆除するし・他の動物の住処である山や森の木を伐採するしで、ヒトという種の括りで見るとやっていることが作中のザルード達そしてゼッド博士とそこまで変わりません。彼らがわかりやすい例として描かれているだけで、自らの種や自分自身を特別視する考え方は現代社会で暮らす人間なら誰しもが心の奥底に大小なりとも持っているはずです。
だからこそザルード達みたいに今一度自然と向き合って共存する道を考えてみよう、というメッセージがこの作品には含まれていると感じました。環境破壊の防止と持続可能な開発が取り沙汰される時代ならではのテーマを、ポケモン世界を通してマイルドに描写したのが本作です。
このテーマを意識させるための工夫は物語構成にも見られます。最初にヒトではない存在であるザルード達の暮らしを見せることで客観的に良くないことをしていると思わせておいて、次にゼッド博士の暴走を見せることで人間もザルード達と同じことやってるじゃんと気づかせてくる所は上手だと思いました。

毎年恒例の来年の予告についてなのですが今年は何もなし。こんな状況なので次回作の予定すら立っていないのかもしれませんが…。
個人的には次も新無印より今作のような世界観で作って欲しいところ。
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